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風鈴まつり

じ~としてこの暑さんをしのぎたいが「風鈴まつり」に行こう娘に誘われ、山の中にあるから涼しい会場という言葉について行った。
村の中心に入ると軒先に地味な風鈴が5、6個てつるしてあるだけで期待外れの中、車5台しか止められない小さなお寺でも行われていた。
7月15日には風鈴行列が行われたらしいが、どんなものだったのかな?
階段の両側に願い事を書いた風鈴が飾ってあったので、さっそく風鈴を買い願い事を書いて飾った。

風鈴まつり
                   増福寺

願掛け



山の中の で涼しいと言ってもアスファルトの照り返しでやっぱり暑くて、すぐに「鞍が池公園」に行ってお弁当を食べ子供を遊ばせた。
公園は広くて高速道路からも入場でき、園内をミニバスが走っているので便利にできている。さすが、豊田市!
会場はいろいろな施設があり、動物が大好きな孫達はふれあい広場でどうぶつにエサやりをした。

鞍が池公園鞍が池公園2

 
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友綱部屋祝賀会

 大相撲名古屋場所が千秋楽のこの日、私にとって初体験がまた一つ増えた。
夕方6時30分から開催された「友綱部屋祝賀会」に夫と一緒に、名鉄グランドホテルに行った。
ベトナムでオーダーメイドした、絹のジャケットを初めて着て華やかにおめかし?して行った。
魁星関の敢闘賞受賞の表彰式の為に30分遅れての開催となったが、大島部屋と一緒になた事もあり大勢に人だった。


祝賀会 
    友綱親方・旭天鵬関・魁星関・旭秀鵬関・ 旭日松関


魁星関を幕下時代から応援してきた私にとっては、こんなに立派な体になり敢闘賞2回も受ける力士になり感無量だった。
カタコトの日本語を話しまだ体も小さくて、ニコニコしていた力士が鋭い目つきに変わり体も心も大きくなっていく過程を見られたのは本当に嬉しい。
タニマチになれない私には、これからは暖かく見守る事くらいしかしてあげられないが思い出を大切にしていきたい。

ダンス


魁星関、浅香山親方と一緒に写真を撮ってもらった。
私と同じテーブルに大島部屋後援会の会長がいらしたので隣で、旭天鵬関とお話をすることができラッキーだった。
明るくて日本語が上手で、温かい雰囲気を持った人だった。
ここにいると外国人力士とかいう事に何の違和感もなく、こういう時代になったのだとも受け入れてもいいのではないだろうか?
旭天鵬


トルコ・イスタンブール

 今日は、午前中観光の後帰国の途に着くハードな一日となる。
新市街の世界一短い地下鉄「トゥネル」の乗車体験90秒をした。
地下をケーブルカーが走っていると言った方がわかりやすいかもしれない。

トゥネル
              トゥネル

イスタンブールの街が一望できる9階建てのガラタ塔にいった。
エレベーターを降りて途中から階段を上らなくてはならなかったので、長~い1日の始まりにエネルギーを使いたくなかったので途中までで止めた。
景色は船からも、宮廷からもゆっくりしっかり見た!

ガラタ塔  
            ガラタ塔

ここから、30分かかってタクシン広場に行きイスティック通りを散策した。
デパートまでトイレ休憩に案内されたが、日本でいうところの銀座か原宿といった一番賑やかな繁華街だった。
外の賑わいとは違いひっそりしたデパートだったが、何も買うものもなくすぐに集合場所に戻った。

イスティック通り 
             イスティクラ通り

トラム 
              トラム(路面電車)

共和国記念碑 
                    共和国記念碑

タクシン広場には、「トルコ建国の父」と敬愛されたケマル・アタチュルクの功績を讃えた共和国記念碑がたっている。
この前で仲良くなったツァー全員で、記念写真を撮った。
ハードで、口に合わない食事、下手で笑顔のない現地ガイド、加えt暑さの中の旅だったが私は楽しかった。

食事はたくさん食べない!無理をしないでいくつかポイントを絞ってみる。安いから仕方がないとあきらめる。事前によく調べて勉強して行く。


トルコ・イスタンブール

午前中は自由行動だったが「ボスホォラス海峡クルーズ」のオプションツァーの申し込んでいたので、朝8時30分にホテルを出発して港に向かった。
ヨーロッパ側からぐるりとアジア側を回る2時間の観光をしたが、イスタンブールの歴史的な建物も一望でて海風も心地よかった。


ベイレルベイ宮殿
ベイレルベイ宮殿

     ボスポラ大橋
ボスポラス大橋と別荘


城壁 
城壁


乙女の塔 
乙女の塔

船を降りて、リュステムパシャモスクの観光をしたが、青いタイルがきれいで印象的だったこと以外あまり覚えていない。
この前でオプションツァーに参加しなかった人と合流して昼食をとり、トプカプ宮殿に向かった。




トルコアイス
トルコ アイス

トプカプ 宮殿は2つの門をくぐり、4つの庭園に分かれていて1時間の自由行動で「ハーレム」と「宝物館」を見る事が出来たが、時間的に2箇所見るのは難しい。
私は疲れていたので両方とも見なかった。 夫いわく「どうせすぐ忘れる!」
何しろ私にとっての楽しみはこの後行く「グランドバザール」にエネルギーを残しておきたい!

トプカプ宮殿

                                トプカプ宮殿門

グランドバザール 

                          グランドバザール

トプカプ宮殿からグランドバザールまで暑い人ごみの登り道を、40分近く歩いてようやくついたが汗だくでクタクタ。
1時間の自由行動となったが、のどが渇いて喫茶店を探しているとトルコ人が日本語で書いた地図をくれた。取扱い商品別に色分けしてあるすぐれ物に、旅行社もこれくらいしてくれてもいいのにと思った。
コーヒーを飲んでいる場合ではない!だが、よ~く考えてみると買うものはないように思えてきた。
少しブラブラして何も買わずに集合場所近くの木陰で柵に腰かけていると、トルコのご老人がに腰かけろと場所を譲ってくれた。
せっかくなので腰をかけてお礼に、いよいよ最終局面に入った折り紙外交の折り紙細工とキャンディーをトルコ人にあげると笑顔になった。


トルコ・イスタンブール

いよいよ旅も最終目的地に6時間かけて向かう。
昨日3時間かけてイスタンブールに近づいたのに、アンカラに3時間30分かけて戻りまた6時間かけて行く不合理さあきれながらバスに乗る。

イスタンブール 
                イスタンブールの街

イスタンブールに昼に着いたので、イスタンブール駅の中にあるレストランで昼食をとった。
イスタンブールといえばアガサクリスティ「オリエント急行の殺人事件」で有名な駅だけに彼女写真が飾ってあった。
サービス精神たっぷりの駅員さんの帽子をかぶったボーイさん?が飲み物を運んでくれた。
食事の後で駅で姿を見たので、一緒に写真を撮ってもらうことができラッキーだった。


イスタンブール駅
                イスタンブール駅


駅のレストラン 
              レストラン


 
    ブルーモスク2
                  ブルーモスク
昼食を終えてから、ブルーモスクに行き長蛇の列に並び順番に靴を脱いで中に入ったが、世界中からやって来た人でごった返していた。
最初にここに来てモスクを見たらもっと感動したかもしれないが、何か所
?というほど見てしまっているとおなか一杯!
きれいに整列してお祈りしている姿をテレビで見た事があったが、この絨毯に秘密があった。
トルコの花のチューリップとカーネーションが織ってある絨毯ののチューリップの中央に人づつ座り、濃い赤色の所に頭を付けお祈りをする。
絨毯

ブルーモスク 
          アヤソフィア

アヤソフィアはローマ時代にキリスト教の聖堂として建設されたがオスマン帝国が征服した後はイスラム教のモスクになり、現在は博物館として使用されている。
ここに入るには予約制で、人数も制限されている為に外からの写真撮影のみなった。
夫がゆでたトウモロコシを3リラ(150円)を買い食べていたが、甘くておいしかったと言っていた。
そして、この旅行社はよほどモスクが好きなのかエジプトバザールの隣にあるモスクの見学をしてようやく40分の自由行動になったが時間がなくてゆっくり買い物ができない!
このあと、「サバサンド」を食べにみなとに歩いて行ったが1時間半後には夕食の中華料理が待っている。
夫も、暑さで体調不良になり歩くだけで精一杯の状態に陥っていたので食べなかった。

サバサンド
                 サバサンドを食べる人でいっぱい

トルコ・アンカラ

 今日のホテルは、ネットに書いてあったとうりの畑の中にあって何もない。
隣の声と廊下の音は聞えるので夫婦喧嘩は禁止!シャワーの根元から水が噴き出しているので、便器にかかってしまうので要注意。ベランダに出ると牛糞の臭いがしているので、散歩などできないといったホテルに2連泊。
今日は、サフランボルに3時間30分かけて行く予定だが、5名の方がホテルで休息をして参加されなかった。

サクランボル
           世界遺産「サフランボル市街」

かってサフランの花が群生していたことからなずけられたこの町は、木と土壁で造られたトルコ独特の家屋が今も残りツァーで行くのは珍しいとか。
フドゥルルックの丘でサフラン茶を飲んでいると、花嫁さんを見る事が出来た。あまりの美しさと、決めポーズも様になっていたのでモデルの写真撮影かと思ったが違っていた。


 
花嫁 

フドゥルルックの丘をバスで降りて行き、レストランで食事をしたチャルシュ広場周辺を散策した。
急な石の道路は歩きにくくて、雪の降る季節や雨の日はすっべって大変だろうと思った。



サフランボル2 


道路をどんどん下って行くと両側にお店屋さんがいっぱいあって、私の目が輝く所だが今まで見てきたような物ばかりで買う気にはならなかった。
地元の若いお母さんにバスの中から見たバザールの 場所を聞くと、教えてくれたので行ってみる事にしたが、お礼に子供4人分の折り紙細工をあげたところ私を抱きしめて頬ずりをしてくれた。周りには何事かと人が集まって来た。
教えられたバザールに行くと、10歳位の少年が握手を求めてきたのでしたので折り紙細工をあげると近くにいたお母さんが、2歳位の子供と一緒にそばに来たのでまたあげた。
大喜びで手を振って別れた。このバザールではレース編みで縁取ったスカーフ3枚買ったが、安くしてくれた。
集合場所に行くと、高校生の集団が歩いていて話しかけてきたので、ツァーの人とホテルで負った折り紙細工をあげると大喜びしていた。
そして一緒に写真を撮った。

サフランボル3 



トルコ・ボアズカレ

名古屋を出てから10日目。
ボアズカレへ4時間かけて移動をするが、東京のツァーバス3台で4名ずつ合計12名が体調不良により医者にかかっているという話だった。
暑さに加え、脂っこい料理に連日のハードスケジュールに名古屋のツァー客も疲労感が出ている。
世界遺産とはいうものの石しかない。足元が悪いので下ばかり見て慎重に歩くが、しんどいだけで考古学に興味がないからなおさらつまらない。
そこに来てガイドさんのつかみどころのない、長~い下手な説明に何も覚えていない。


ハットウシャシュ遺跡
                ハットウシャ遺跡跡

ハッツウシャ遺跡 
               皇帝の門

ライオンの門・スフィンクスの門・皇帝の門・とバスを降りて写真を撮ったがあまり感動はしなかった。
ヤズルカヤは足場が悪くて途中で止めて、トイレに行き皆が帰って来るのを待っていた。
ここから3時間30分かけてアンカラの、ホテルに向かった。

今朝は、オプションツァー(気球に乗り、空からカッパドキアを見る)(ギョロメ博物館観光)に申し込まなかったのでゆっくりホテルで過ごした。
散歩にホテルの前の道を登って行くと、崖下に観光地に負けないくらいの風景があった。

5カッパドキア 

そして、何百年前にタイムスリップした光景に出合いあわててシャッターを切ろうとしたが間に合わなかった。
ロバに乗った老人が、恥ずかしかったのか帽子を深くかぶり直し、その愛らしさに見とれたしまった!
おじさんキラーの私も、老人にはチョイット弱い・・・・・・

ロバに乗った老人


帰り道に、10歳位の少年が農家の前にいたので手招きした折り鶴を上げた。
人懐っこい笑顔の少年に、折り鶴がわかるように鳥のまねをすると、「クーァ」と言った。
兄弟が3人いるようだったので折り鶴を3つあげたら、遠くにいたお母さんがひまわりの種を少年に持たせてくれて食べ方を教えてくれたので一緒に食べたが、うまく食べられなくて大笑いした。
少年と一緒に写真を撮り、手を振りながらホテルに戻った。
11時30分ホテルを出発して、レストランで食事をした後カッパドキア観光をした。

カッパドキア7


カッパドキア6 


カッパドキア8


カッパドキア9 

いろいろの名前の付いた谷、渓谷だったがこの素晴らしい景色を記憶にだけ収めきれないと思ったので、日本語の本を買った。
ラブ渓谷へミニハイキングがあったが、今まで見た風景に比べたら大したことがないとおもい途中で行き引き返した。
家族5人が乗った1台の車にであった。すると5歳くらいの女の子がお母さんと車から出てきて恥ずかしそうにモジモジしながらにこやかに私を見ていた。
残念な事に折り鶴はもうなくなってしまっていた。
車がバックして帰る時、ゆっくり走る車の中の皆が顔で手を振って走って行った。



トルコ・カッパドキア

昨日のメビラーナ博物館の見学の見学をカットして、バムッカレの石灰棚観光を長くしてほしかったという不満は残ったが、今日のカッパドキアに期待をして、3時間かけてカッパドキアに向かった。


カッパドキア1 


一般家庭(ハサイさん宅)を訪問するという事だったので、私は
「皆さんで折り紙を折って訪問先にプレゼントをしてはいかが?」
という提案をして添乗員さんに希望者の方に日本から持ってきた折り紙を1枚ずつ配ってもらった。
私は鶴しかおれなかったけれど、ふうせん、だまし船、奴さん、かぶと、といろいろ作りバスの中は大盛り上がりになった。
ハサンさんの家でチャイを頂き、トルコの家庭の日常生活に少しだけ触れる事が出来た。

カッパドキア2



カッパドキア3 



カッパドキア4 

バスで何度も移動して、撮影スポットでシャッターを切った。
軍隊のかっこいい若者が銃を持って、観光地のあちこちにいたので写真を撮りたかったがダメだしされてしまった。残念!
土産物はカッパドキアが一番安い事をネットで調べて来たので、買い物をしたいのだがここの旅行会社はせわしくてゆっくり買い物する時間がない。
それでも短時間に安くてめずらしい物を、少し値段交渉をしながらサッサと買った。
その後、絨毯のお店で休息をしてカイマルクの地下都市の観光に向かった。


絨毯工房
絨毯えお織る女性

トルコ・コンヤ

バスに乗ると、現地ガイドさんのつまらない話を聞いている人はほとんどいない。
しかし、覚えている話が一つだけあった。
1890年和歌山県串本沖でトルコの軍艦エルトゥール号が沈没し、500人のうち69名が助けを求めていた。
貧しい生活だったが漁民は手厚く介護した。この事が後々までトルコに言い伝えられてきた。
1985年イラン戦争が勃発して215人の日本人が取り残され、日本政府は危険が伴うために飛行機を飛ばす事が出来なかった。
この時トルコはエルトゥール号の恩返しに、トルコ航空機で救助に向かい無事救出されました。
しかし、この時トルコ人100人はイランに残されたまま救出されなかったのです。
当時トルコは今のように豊かでない為に、飛行機を飛ばす費用がなかったから・・・・・
イラン戦争が始まってから、戦火の中バスで脱出した!
「トルコの人は日本を知ろうとしている。日本人もトルコの事を知ってほしい。」
バス移動は大変だが、景色が次々に変わって結構楽しい。
北海道の風景みたいに広くてでっかくてきれい。ひまわり畑~オリーブばたけ~麦畑~ひつじの放牧と風景が変わっていく。

メブラーナ博物館

                  メブラーナ博物館


昔トルコの首都がおかれていた、コンヤに着いた。
インジェ・ミナーレ神学校を写真撮影のみに下りてすぐ近くにある、メブラーナ博物館に行った。
イスラム神秘主義教団「メブラーナ教」発症の地で、くるくる回るメブラーナ踊り「セマ」は有名。
ここでも女学生が日本人と写真を撮ってほしいというので、ツァーの人は一緒に写っていた。
あとでガイドさんが、できるだけ多くの人が写真撮影をしてあげてほしいと言った。
この後ホテルに着いたが、ホテルの隣にバザール見たいな所を発見!
添乗員さんは道路を渡ったスーパーを教えてくれたが、夫と2人でバザールに行って双子の靴と洋服、私のサングラスを買ってきた。

トルコ・パムッカレ

エフェソス遺跡を観光後、3時間かけてパムッカレのホテルに着いた。
ここのホテルには温泉施設があり、水着と水泳帽を着用して入る事ができる。
私は足が悪いので部屋の温泉に入った。
夜9時からプールサイドで無料のベリーダンスがあったので1ドリンク注文して、テーブルについた。
 ショーを見ている人を巻き込んでの、ショータイムは楽しかった。
オプションでベリーダンスを見るのもあったが、ここでショーを無料で見る事を事前に調べていたので申し込みはしなかった。一人8000円はちょっと高い。

ベリーダンス 

翌朝7時30分にホテルを出発して、ヒエラポリス遺跡と石灰棚に向かった。
石灰棚とカッパドキアはこの旅のメーンにしていたので楽しみだ。
バスを降りて歩いているとヒエラポリス遺跡が見えたが現地ガイドさんは、余分な説明が多くて肝心な所をサッサと歩いて行ってしまうので写真を撮る暇もなく、ひたすら20分ほど歩いて石灰棚に着いた。
テレビで見ていたよりでっかくて、周りの景色も美しくただ感動!

石灰棚 




石灰棚2 

私は水に入らないで、上から見ているとトルコの高校生?が話しかけてきた。
近くにいた5、6人の男女の高校生に取り囲まれた。折り紙をスーツケースに入れたままだった事を後悔した。
デジカメの中に写っている、藤の花や、かけつばた、お寺を見せてあげたらみんな大喜びだった。
高校生がいなくなってふと見ると、ツァーの人たちがいない!
時間はまだあったので大急ぎで、集合場所に行った。
もっとゆっくりみたいのに、・・・・・・・どこもここもあわただしい旅。
たった1時間だはね~
皆、下手なガイドに不親切な態度、ゆっくり見られない事の不満が出始めた。
バスは、5時間30分かけてコンヤに向かった。


    

トルコ・クシャダス~エフェソス

アスクレピオンの遺跡を観光後、3時間かけてクシャダスのホテルに着きエーゲカイの見えるレストランで食事をした。
朝ホテルの地下に降りてエーゲ海の波しぶきを受け、手入れの行き届いた花々の咲く庭をぐるりと散歩した。

クシャダスホテルエーゲ海
                      ホテルからも遠くにギュウェルジン島が見える

ホテルからバスで10分くらい走り、高台からギュウェルジン島の写真撮影に立ち寄り皮製品のお店に行き、ようやくエフェソスに着いた。
昨年11月にエーゲ海クルーズで来て2回目の観光となるが、3000人収容の船が4隻同時に着いたのだから大理石の道を、「人の川」と呼ぶくらいすごい人だったが今日は少ない。
あの時は10人だったが、楽しいメンバーではなかった!、今回の24人は旅慣れた人たちで毎日楽しい。

エフェソス



図書館、大劇場、公衆トイレ、ニケのレリーフ等何度見ても素晴らしい。
今回は、写真撮影だけだったがアルテミス神殿跡に立ち寄った。
エジプトほどではないが、どこの観光地に行っても物売りの男性が日本語で1000円を連呼している。
どこの国へ行っても日本人は買い物好きで、いい値で買いいお客様のようだ。
もちろん私などカモかも?いいえ近頃は慣れてきてかならず挨拶代わりにそこそこ値切ります!
でも、相手も生活があるのでほどほどにしていますが・・・・・

アルテミス神殿跡 
アルテミス神殿跡

トルコ・ベルガマ

トロイんの遺跡観光を終えて3時間30分かけて、ベルガマにあるアクレピオン遺跡い着いた。
バスを降りて山を見ると丘の上の古代遺跡「アクロポリス」がはるかかなたに見えるが、ここにはいかないでローマ時代の総合医療施設跡「アスクレピオン」に15分歩いて行った。
医療施設は紀元前4世紀から紀元後4せいきまで役800年間も使われてきた。

地下道 
聖なる泉と治療所を結ぶ地下道

治療には投薬のほかに様々な心理療法がおこなわれ、この地下道で医師が「神のお告げ」として患者の耳元で治療法をささやいていたという逸話もある。
図書館と3000人以上収容できる劇場が併設されていた。

アスクレピオン
 
蛇の彫刻 
再生という意味の蛇の彫刻


トルコ・トロイの遺跡

チャナッカレのホテルは素晴らしく、トレーニングジムはもとよりサッカー場まで備えたリゾートホテル。
寝るだけではもったいようなホテだが、欧米人と日本人の旅行は違うからしょうがない。
足腰がずいぶん疲れてきたので、マッサージの代わりにエステを予約した。
トルコのお風呂ハマム、顔パック、全身マッサージ1時間20分で4500円と格安!
ただ、ハマムは男性と同じお風呂になるが、真っ裸でしてもらうわけではない。
いいじゃん!トルコ男にこのナイスボディーをチラリと見せちゃうわ~
湯気がたっぷりのお風呂に中央に大きな台があり、小太りのオッチャンが男の人にあかすりをしもらってていた。
私は西洋人の若い女性にしてもらったが、隣にいたオチャンの黄色い声がした。おばちゃんだった!
落っこちそうな腰巻姿でオッチャン達のそばをウロウロさせられ、何だカンダで待たされたりして2時間かかってようやく終了。
翌朝、体調復活!元気百倍!になりホテルの周りを一人で散歩した。

エーゲ海 
                          ホテルの庭から見るエーゲ海


ホテルからトロイの遺跡まで30分で到着。
バスを降りてすぐに、私はおなかが痛くなり私と夫は「トロイの遺跡」には行かないで木馬のそばで待つ事にした。
ちょうど観光客も少なくなったのでトロイの木馬の前で写真を撮っていると、そこをどいてくれと中国人カメラマンが言うので横によけていたが、一向に写真撮影をやめようとしないので
「早くしてよ!」
大声で叫んだが、日本語では通じなかったので無視して撮影している前を堂々と通って木馬に登った。



トロイの木馬 


時間があったのでトロイの遺跡の入り口付近まで行ったが、石があるだけだった。
遺跡を見て帰って来た人の話によると、石がゴロゴロあるだけでつまらなかったとか。


トロイの遺跡

                 トロイの遺跡の入り口付近


続きを読む

トルコ・エディルネ

オスマン朝時代に90年間栄えた町、エディルネにバスで3時間の移動でようやく到着。
世界遺産のセミエモスクに入場。ここでは女性は髪を隠すスカーフをして靴を脱ぎ見学した。
信者の男性と女性の礼拝するところは、男性が1階で女性は2階になっている。これは他の事に気が散らないように、礼拝だけに集中する為に決められたという。


セリミエモスク1 
                    セリミエモスクの入り口


入り口で前で男性が足や頭を洗っていたが、有料トイレに行くと礼拝のために女性が足や頭を洗っていた
トイレ番のおじさんがにこやかに「ジパニーズ」と聞いてお釣りのリラを丁寧に並べて数えてくれた。

セリミエモスク 

ユチュ・シュレフェリモスクに向かう途中振り返ると、セリミエモスクが見えた。
皆はどんどん前に歩いて行ってしまう・・・・
イスラム信者ではない私としてはスケールの大きさはすごいと思うけど、モスクの違いが1回見たくらいではよくわからない。
昼食後ダーダネス海峡をフェリに乗り、ヨーロッパ側からアジア側に入りチャナッカレのホテルに向かった。


ダーダネル海峡

                  ヨーロッパ側



エジプト~トルコへ

なが~い1日が終わりカイロ空港に近いホテルに泊まり、翌日近くの「シティースターズ」にショッピング。
ここで1時間の自由行動になり迷子にならないように、スーパー側の方で昼食を済ませるつもりだった。
しかしここはエジプト!開店時間にもかかわらず、まだ準備中で集合時間に間に合いそうになくなり、スーパーに行ってサンドイッチと缶コーヒー・ジュースを買い空港で食べる事にした。
カイロからトルコまで2時間くらいで着き、バスにのり午後7時にホテルに着いた。
夏時間とあって、夜8時くらいまで明るい。
イスラム圏はホテルにお酒がないので、添乗員さんと一緒に15分くらい歩いてスーパーに買いに出かけた。
お酒売り場で、アンカラ育ちの英語ができる青年が親切に辛口のワインを教えてくれた。
おつまみに生ハム600円とおつまみにイワシのオリーブの酢付400円を買いレジに持って行くと、中年のおばさんがニコニコと対応してくれた。
トルコは親日家が多いいとは聞いていたが、そんな感じを受けた。

城壁 


城壁入口



翌朝散歩に近くの城壁を見にひとりで出かけた。
パトカーがいたので笑顔で会釈すると、向こうも若いイケメンのお巡りさんが挨拶してくれた。
少し歩いただけなのに、汗が噴き出してくる。
これから3時間かけてバスで、エディルネに向かう。


エジプト・トルコ14日間

6月20日~7月4日までエジプト・トルコに出かけた。
名古屋から東海道新幹線、品川で成田エクスプレスに乗り継ぎエジプト航空でカイロに12時間30分位で着いた。


考古学博物館 
                             考古学博物館
 
安全の為、ツーリストポリスっと拳銃を携えたボディーガード、ガイドの4人と合流してレストラン向かった。
朝食後、モハメッドモスクで写真だけ取り、考古学博物館に行った。
入り口で持ち物検査を受け、ツアー客全員のカメラをまとめてかごに入れ預けた。
高校生の時、名古屋まで見に来て2時間待ってようやく見たツタンカーメンのマスクに2度目のご対面!
あの頃エジプトに行くなんて事考えてもみなかった・・・・
18歳で亡くなったツタンカーメンの遺品だけでも4500点あり、ゆっくりみても1日ではみきれない。
この頃すでに鉄の文化があり、日本はまだ弥生時代・・・・にもかかわらず、日本の発展は目覚ましくエジプトはなぜ?と思ってしまったのは私だけ?
館内はクーラーが入っていなかったにも関わらず、外が暑いせいかあまり暑いと感じなかった。
考古学博物館の隣は与党の建物だったが、昨年の暴動の時火をつけられて燃えて焼き焦げていた。

与党の建物
昼食後気温はどんどん上昇する中3代ピラミットに到着。
バスが付くたびに物売りがひつっこくついてくるが、相手にしないで歩きつ続けると、どんどん値段が下がった来るからおかしい!
クス王の中に入る事が出来たが、私は足が悪いのでバスの中で待機した。

ピラミット 
見晴らし台から撮ったピラミット

ピラミットは砂漠の中をどんどん行き、あたり一面砂漠のイマージだったが・・・・・・・・
カイロ市内のどこからでも見る事ができ、バスですぐの所にあったのにはビックリ!
街が大きくなって砂漠に伸びて行ったのだった。
バスで5分くらいの所にスフィンクスがあり、へし折れた花の一部はイギリスの大英博物館、そしてこの日考古学博物館にも見つかった一部があった。


スフィンクス
                スフィンクス


プロフィール

ぱわふるマミー

Author:ぱわふるマミー
みんなに笑顔と元気を振りまき、不幸も幸福に変えてしまうパワーが自慢です。

仕事の古布を使った手芸や、これまで起こった(珍)事件など、忘れっぽい自分のための備忘録として色々と綴っていきます。

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